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現役留学生としえさんの

留学日記

米国オハイオ州ケントにあるケント州立大学で院生活を送る現役留学生のとしえさんより不定期の留学日記を書いていただいています。留学生のキャンパスライフやプライベートってどんなものなんだろう? という疑問のある方はこのサイトを頻繁に覗いてみて下さい。とっても楽しい文章です。

2001年5月〜2002年4月までの日記
■プレゼンテーション、「May 4th」事件、卒業式、アーミッシュ、お別れ・・・、5月分の日記はこちら!
■引越し完了、花札、餃子の皮を求めて・・・、6月分の日記はこちら!
■アメリカのテレビ番組、4連休、IDは必需品・・・、7月分の日記はこちら!
■初めての大リーグ観戦、アメリカ的事務処理、韓国からの新入生・・・、8月分の日記はこちら!
■コンタクトレンズ購入・・・、10月分の日記はこちら!
■プレゼンテーションの準備でひと騒動、ばたばた生活の合間に・・・、11月分の日記はこちら!
■一時帰国直前・・・、12月分の日記はこちら!
■幸せな出来事・・・、2003年1月分の日記はこちら!
■ガソリン代、国が違えば商品も、多種・多様とは・・・、2003年2月分の日記はこちら!
■研究のために日本人を、韓国料理を満喫・・・、2003年3月分の日記はこちら!
■過酷な環境下で草花は、キリスト受難日、就職面接、卒業式衣装購入・・・、2003年4月分の日記はこちら!
※感想・質問・励まし等、としえさんへのメールもお待ちしています。

#78. (2003年5月18日) 【最終回】 友達の結婚式

今日は最終回、ちょっと長めです。

昨日、アメリカ人の友人の結婚式がありました。彼女とは学生寮に住んでいるときに 知り合いました。彼女は日本で英語を教えていたことがあり、バスルームで私が日本 製の練り歯磨きを使っているときに、「日本から?」(Are you from Japan?)って 聞かれたことがきっかけで仲良くなりました。例の、コロンバスに住む友人です(日 記32参照)。この結婚式が私にとって、初めてアメリカで参加する結婚式です。私と BFは光栄にも招待されました。

結婚式はレキシントンという町の教会で行なわれました。私の家からは一時間半以上 かかるところです。式が2時からの予定だったので、家を11時半過ぎに出ました。到 着すると、まだリハーサルの最中(新郎側のみ)でした。ちょっと到着が早過ぎたよ うです。何をしたらいいのかね〜、と二人できょろきょろしていると、年配の女性 が、「トシエ!」と声をかけてくるではないですか。彼女とは面識が無いなと思い、 私の名前を正しく発音するこの女性はいったい誰だろう、と思いました。すると、 「覚えてる?Chrissyの母親よ」と言うではないですか。でも、私は会った覚えがあ りません。「私は何度かあなたを見てるの。学校が始まってすぐのころね」う〜ん、 知らんぞ〜…。と思いつつも握手をして、挨拶しました。後でBFが、「あーいう時は ねぇ、会ったことなくても向こうが知ってたら、知ってる振りをするもんやねん」と いいます。でも、ちょっとそれは無理あり過ぎです。

さて、ゲストが続々と到着し、式開始の時間となりました。音楽と同時に先ずはRing bearerと呼ばれる指輪を座布団(クッション?)みたいなのに置いて持っておく男の 子に続きGroomsman(花婿の付き添い男性の一人)、Best man(花婿の付き添い男性 のトップの人)、そして花婿が入場します。彼らは教会堂の袖から入場しました。次 にFlower girlsと呼ばれる数人の女の子がバラの花びらを振りまきながら祭壇の方へ 近づきます。花嫁側の付き添いはMaid of honorと呼ばれる花嫁付き添いトップの未 婚の女性と、Bridesmaidというその他の付き添い女性が正面から入場します。この GroomsmanとBridesmaidは普通複数の場合が多いのですが、彼女たちの場合は一人ず つでした。その他にもJr. Bridesmaidsっていうかわいい女の子たちもいました ねぇ。実はこのRing bearer、Jr. BridesmaidsやFlower girls、全員花婿側のいとこ 達なのです。聖書の一部を読んだ女性もいれて、全部で10人です。こういう時いとこ や兄弟が多いといいですね。

牧師さんの説教が割りと多い式で、Ring bearerの坊やは少し退屈そうでした。牧師 さんが説教をしている間、私の友人はうんうん、とうなずいたり、花婿のほうを見て 微笑んだり、よく頭の動く子です。緊張感みたいなものは全く彼女には見られません でした。幸せで仕方がなかったのでしょう。途中3曲賛美歌を歌いました。椅子の背 もたれに常備してある賛美歌の本の、指示された番号のところを開いて歌うのです が、どれも知らない曲ばかりで、歌詞と楽譜と両方を目で追うのは大変でした。みん なで一緒にお祈りの言葉を唱えるのも、仏教徒の私がしてもいいのかなぁ、と思いつ つも、書かれている文句を読みました。誓いの言葉と指輪の交換では(やっとRing bearerの坊や出番)お互いが牧師さんの言葉の後に続けて言うのですが、彼女、いつ もどおり声が大きかったです。よく響く声で、マイクなしでOKでした。その後、色々 と宗教的な儀式があり、最後にウェディングマーチが流れて終わりです。

ゲストはしばらく外で新郎新婦を待ちます。教会を出る前に渡されたのが、「シャボ ン玉」のボトル。BFが前に言ってましたが、以前は生米を新郎新婦に掛けるのが慣わ しだったのですが、最近は玄関口が汚れるという理由で、シャボン玉を吹いて二人を 待ちうけるのです。日本だと、すぐにハトやスズメが来て生米を食べるのにねぇ。 やっぱりアメリカの鳥はお米の味を知らないのでしょう。二人が登場し、写真撮影が あり、その後二人は車に乗って去りました。おおっき車だったなぁ、新しいの買った のかなぁ…。その車には白いリボンが掛けてあり、リアガラスに「Just Married」っ て書いてましたが、よく映画にある空き缶ガラガラは無かったです。ま、あんなの付 けて公道は走れないですからね。

レセプションは近くのホテルで6時半からの開始でした。このときに新郎新婦への贈 り物を持って行くのですが、このプレゼントのシステムがアメリカの合理主義をその まま地で行くやり方です。結婚するカップルは、あらかじめどこかの百貨店や自分た ちのお気に入りの店に、自分たちの欲しい物を登録します。ゲストはその指定された 店へ行き(支店ならどこでもOK)、彼等が欲しがっているもののリストを見ます。そ れを見ながら、自分たちの予算と相談して、プレゼントを購入する、という分けで す。このやり方だと、オーブントースターを5台ももらったりすることはないわけで す。アメリカの結婚式は、日本のように金銭をプレゼントしません。「太郎&花子」 と決して消えることのない二人の名前が刻印された、誰にもあげられない、バザーに も出しにくい引き出物のシステムもないです。このように、ゲストが新郎新婦に彼ら が欲しい物をプレゼントするわけです。私達はNoritakeの食器セット1組(彼女達は4 組欲しがっていたが、そのうちの1組だけを購入することが可能)と、タオルセット にしました。このプレゼントシステム、早く行かないと高いものばっかり残るし、 「変なもの」ばっかり残ってしまいます。「トシエから便座カバーをもらった」て、 いつまでも思われるのはいやですからね(ちなみに便座カバーはリストにはありませ んでした)。

レセプションはビュッフェタイプで、飲み物のみ放題、ってやつでした。日本だと、 新郎新婦って披露宴の最中、あんまり食べたり飲んだりしたらいけないんですよ ねぇ。この二人、めぇ一杯食べてました。ただ、二人が忙しかったのは、誰かが、二 人にキスをして欲しいと思ったら、いつでもグラスをカンカンと鳴らしてよく、その 度に二人はキスをしてました。テーブルには二人が作った、自分達の好きな曲を集め たCDが置いてあり、私達へのプレゼントでした。これが、「引き出物」ですね。これ はちょっと素敵でした。

日本の披露宴のように、長ったらしいスピーチもなく、「てんとう虫のサンバ」の合 唱もなく(今時日本でもないですか?)、ケーキも本物(二人が切った後、ゲストに 配られる)、ただ好き勝手に食べて飲んでしゃべってのレセプションです。新郎新婦 も各テーブルにまわっておしゃべりを楽しんでました。ですがこの後、レセプション のメインイベント「花嫁のブーケ投げ」があったのです。DJの人が「独身の女性、真 中へ集まってください」と言いましたが、私はあまり気が進まなかったんです。初め てだったし、テレビなんかで見てると、独身女性のブーケ取り合いの壮絶な争いなん かがあり、「え〜、行ったほうがええのぉ〜?」といやいや参加しました。「独身女 性」ですから、先ほど紹介の小学生の女の子達ももちろん最前列で参加です。この子 たちには負けられへんな、と思いつつ、一応大人の女性の前列に立ちました。花嫁は 後ろ向けにブーケを投げます。ご存知の方も多いと思いますが、このブーケを手にし た女性は、次の花嫁になれる、という言い伝えがあります。ま〜ねぇ、言い伝えです からねぇ、と思いつつ立ってました。彼女がブーケを投げました。ブーケは私の正面 からやや右側へ飛んでいきました。私は反射的に右手をグーと伸ばし、バシッとその ブーケをキャッチしてしまいました!なんということ…この私が始めての結婚式参加 で、始めてのブーケ投げ参加で、花嫁のブーケを手にしてしまったのです!多分あれ は、私の右後ろの人へ行くはずのものだったでしょう。ところが私がそれを阻止して しまいました。まるでイチロー選手がホームランになりかけの打球をフェンス直前で バシッとキャッチして外野フライにしてしまった、みたいな、そんな比喩が当てはま るでしょうか(ちょっと違う?)?日ごろの運動神経が物言いましたねぇ。ちなみ に、私が生まれて始めてやったスポーツはキャッチボールおよび野球です。とにかく 信じられなくて、しばらく手が震えてました。花嫁である私の友人もすごく喜んでく れて、二人で抱きあって喜びました。わざと投げてくれたわけじゃないでしょう…。 ま、年齢から言っても、他の方たちより私が先でないと「そろそろ」困ります。席に 戻ると、BFの固まった顔…。でも、後で言ってました、「君が取るような気がした」 と。どう言うこっちゃ?

その後ダンスの時間になり、スローテンポやポルカ、チキンダンスなんかもあり、盛 り上がりました。私達は10時ころにおいとますることにしました。二人に別れを告 げ、また夏に遊ぼうねぇと約束をして帰路につきました。

私は日本の結婚披露宴って、絶対やりたくない派、なんです。やっぱりアメリカの生 活が私には合ってるみたいです。このまましばらくアメリカにいることになりそうで すが(このブーケとともにそうあって欲しい)、この日記は今回で終わりです。長く ご愛読下さった方、励ましや質問などのメールを送って下さった方、ありがとうござ いました。

#77. (2003年5月10日) ●卒業式

パンパカパ〜ン!とうとう卒業しました。長かったような、でも今思うとあっという 間だった様な約3年間でしたが、本日卒業式を迎えることになりました。

明け方大嵐があり天気が危ぶまれたのですが、午後からは快晴、とまではいきません でしたが、何とか雨は降らず、まあまあの卒業式日和となりました。スピーチパソロ ジーは「College of Fine & Professional Arts」(美術と専門技術)に含まれ、去 年の卒業式は午前中に行なわれたのですが、今年は他のコミュニケーションとテクノ ロジーの学部と共に午後の部でした。午後2時半から始まる式のために、私は1時半 からのチェックインを済ませることになっていました。式には、先日ご紹介したMax さんと佳世さんが出席してくださいました。シャンペーンのお祝いまでいただき、恐 縮です。家を12時ごろに出て、先ずお二人を迎えに行き、そして学校に向かったので す。会場に到着して写真を撮ったりしゃべったりしているうちにチェックインの時間 になったので、BFとお二人には「まったね〜」と言って別れました。チェックインし てから式が終わるまで、卒業生とゲストは会うことができません。

チェックインすると、前もってこちらから返送していた「カード」が手渡されます。 これには自分の名前や他の情報が書いてあるのですが、当日重要なのはこの名前のみ です。なぜなら、卒業証書は一人づつ名前が読み上げられ授与されますが、名前をア ナウンスする人は、そのカードを卒業生から渡されて名前を読み上げるからです。こ れについてはのちほどお話ししましょう。

待機場所に行くとクラスメイトが二人いて、その後続々到着。と言っても、スピーチ パソロジ−から卒業式に出たのは10人ほどでしたが。その待機場所が、エアコンも効 いてない蒸し暑い場所で、みんな持っていた例のカードをうちわ代わりにあおいで、 会場への入場までを待ちました。そうこうしていうるうちに入場の時間となりまし た。持っている番号順に並ぶのですが、まだ何人か私の前後に抜けてるんですねぇ。 でも、廊下を歩いているうちに到着した人なんかもいて、かなりアメリカ的です。日 本だと、結構大騒ぎだと思うんですが…。会場に近づくとさすがに緊張と言うか、 「あ〜、やっと卒業するんだなぁ」と言う実感がわいてきて、これまでの3年間の思 い出が「走馬灯」のように浮か…ばなかったです。なんせ、走馬灯にも書ききれない ほどの量の楽しいことも辛苦(特にこっち)も味わってきましたからねぇ〜。

会場にはまず教授陣(全員ではないです)が入り、その後博士号候補者(今学期は二 人でした)、修士号、学士号候補者と続きます。卒業証書授与式は、国歌の斉唱に始 まり、後は日本と同じで偉い人のスピーチがいくつかあります。その後最高学位、つ まり博士号から順に卒業証書の授与となります。卒業生はいったん会場を廊下側に出 て、再び会場に入り、壇上で一人づつ名前が呼ばれ、卒業証書「もどき」を授与され ます。なぜ「もどき」かというと、実際の卒業証書は後日郵送されるので(4〜6週 間かかるらしい)、本日もらったのは外側だけそれっぽい「おめでとう!」と書かれ たお手紙が入ってる台紙をもらうだけなんです。会場に入るすぐ手前で一人ずつ写真 撮影があり、一瞬のうちに笑顔を作って、会場に入ります(そういう個人の写真や運 転免許の写真で笑顔を一瞬のうちに作ってしまうのは、ここの生活でもう慣れてしま いました)。卒業生は壇上の左右から入り、名前が交互に読み上げられます。壇に上 がったら名前をアナウンスする人に、例のカードを渡して、壇の中央にいる別の人か ら証書を受け取ります。さて、ここで一つの難関があります。私の名前は「Toshie Onoe」なのですが、これはアメリカ人には正確には読めない名前です。「ローマ 字」って世界共通だと思ってませんか?私もこのスピーチパソロージーに入るまでそ う思ってました。自分の名前が正しく発音されないのは前から知ってましたけど。私 の名前はこちらが説明しなければ「トシーオノー」と発音されます。「ie」は 「イー」と発音されますし、「oe」は「オウ」と発音されるからです。だから私はこ の国では「トシー」と呼ばれ、自己紹介のときも「トシエ」というより覚えてもらい やすいので、そうしています。「オノー」は「オノヨーコ」さんが有名だから、と言 うのもあるかもしれません。で、その名前のカードには、自分の名前をどう発音する か、というのを書く欄があり、私は「Toshi-eh, Ono-eh(「ehは「エー」と発音する 綴り」)、カナダ人が言うみたいに」と書きました。カナダ人は、2文章に一回くら いの割合で、語尾に「eh~?」を付けます(「〜,right?」みたいなもの)。これは有 名なのでそう書きましたが、もちろんそのアナウンスの人にも直接「オノエ〜トシ エ〜です」と言いました。彼は「オノイェートシエ」とかなり近い発音で私の名前を 読み上げてくれました。満足です。去年、ルームメイトだったルビーちゃんは、わけ のわからない名前で呼ばれてましたっけ…。

自分の番が済むと後は学士の人が終わるのを待ちます。人数も多いし、ちょっと退屈 でした(bachelorの人たちゴメンナサイ)。学士候補の学生は、証書の授与の前に会 場で、帽子からたれてる房(tassel)を右から左にひっくり返します。これは学士だ けがするもので、修士はこの「儀式」を以前にしている、ということで、房は最初か ら左にたらしています。なぜそうするのか、知りません。映画で見るような、帽子を 空高く投げる、なんて言うのもやりません。あれは、屋外のときだけじゃないか なぁ…それとも高校の卒業式か。佳世さんは、それが見れると思ってたみたいです。 最後に「学校歌」(Alma Materと呼ばれる)を歌いますが、国歌は歌えても、これは 楽譜を見ながらまねして歌いました。学長が、「会場にいる家族や、友達を探してみ なさい」って言いましたが、私は結局BFとMaxさん、佳世さんを見つけることができ ませんでした。後できくと、私の座席のあった側に3人も座っていたらしいのです が、手を振ったけど私は気付いてなかったみたい、と言ってました。残念。

式は予定通り1時間半ほどで終わり、その後4人で食事に出かけ、卒業の日を無事に終 えました。あ〜、これで宿題もプロジェクトもテストもない生活を迎えることができ ます。ほ〜、としてます。

#76. (2003年5月4日) ●日本人の友達と楽しいひと時

昨日、「やっとできた日本人のお友達」のお宅をお邪魔して、ディナーをご馳走になり ました。知り合ったきっかけは、例の私の「ちっちゃい「つ」プロジェクト」からで す。最初にご主人の方からメールをいただき、夫婦お二人でプロジェクトに参加して くださいました。奥さまは、Kentに通う学生さんです。その奥さまから、またまた別 の方を紹介していただいたりで、本当にお世話になったのです。で、お世話になった お礼に、「グラジオラス」の球根を60個も買ったので、お分けすることにしたので す。で、庭のこともよくわからない、おっしゃるので、私でよければ「素人ガーデン アドバイザー」をすることになりました。話は結構前から決まっていて、そんじゃぁ 卒業式にも参加してもらえませんか、ってことになってました。ところが、お二人と もうちのBFとは面識がないし、当日なんか3人で気まずい雰囲気でもできたらやだ なぁ、と人一倍気を使う私の性格から(?)ちょっとなやんでました。すると、奥さ まから、「天気が悪くて(庭が見れなくても)も夕飯だけうちへ食べに来ませんか ?」とお誘いをいただきました。それで、BFと二人で訪問したというわけです。

お二人のお名前はMaxさん(日本人です)と佳世さん。MaxさんはBFと同じ会社に勤め てますが、まだ一度も二人は会った事がありませんでした。同じ会社と言っても、大 きい会社だし、部署が全く違うので当たり前のことなんですが。BFと二人でお宅に到 着してびっくり、すっごくすてきな、大きなお家…。中に通されてから、お家の中を 案内してもらったのですが、置いてある物や家具も素敵で、「い〜なぁ…」の連発。 お二人は以前にドイツにも滞在経験があるので、なんかセンスのよさが「ヨーロピ ア〜ン」でした。裏庭なんかすっごく広くて、しかも下り坂(あんまり上り坂の裏庭 は見たことないですが)、「芝刈りが大変」とおっしゃってました。

お二人はもちろん英語を話しますので、会話は全て英語。通訳しなくていいので、楽 ちんでした。MaxさんとBFも、二人ともエンジニアということもあって、話、合って たみたいです。さて、リビングルームで色々話した後、食事です。初めは外でバーベ キューと聞いていたのですが、急遽メニューは変更されたようです。トマトの冷性パ スタにヴィシソワーズ(ジャガイモの冷たいスープ)それと、「とんかつ」でした。 しかも「ひれカツ」。実は、私たち、前の晩が「カツカレー」(アメリカで始めて 作った)でその日のお昼がその残りのカツで作った「カツどん」でした。だからなん かおかしくって、偶然が重なるときは重なるもんだ、と思いました。でも私はとんか つが大好きなんです。だから、3食続いたっておいしくいただきました。日本にBFと 行ったとき、とんかつがなかなか理解できなかったBFも、これでとんかつがいったい どんなものであるか、どれだけ日本人がとんかつが好きか、わかったでしょう。

ご飯もいっぱいいただいて、ワインもたらふく飲んで、いっぱいしゃべって、夜の11 時から始まった「Spider-Man」まで見て、お宅を失礼したのは夜中1時を回ってまし た。あ〜、本当に楽しいひとときでした。これからももっと日本人の友達つ〜く ろ、っと。

#75. (2003年5月2日) ●素敵なプレゼント

昨日の午後、とても素敵なことがありました。玄関のチャイムが鳴るので出ると、郵 便やさんが郵便物と一緒に小さな包みを持って立っていました。「あれ?日本から何 か送ってくれたのかな?」と思ったのですが、違ってました。それは、去年まで一緒 に暮らしていた、今はカリフォルニアに住む台湾出身のルビーちゃんからでした。 「なんだなんだ〜?」とあけてみると、包みの中は「Goldfish」という名前のクラッ カーの包み。「え〜、ルビーちゃん、Goldfish私にくれた〜ん?」ってマジに思って しまいました。そのころから、これはもしかして、卒業祝いでは、と思い始めていた ので、ちょっぴりショックでした。しかしそれは包みだけで、中から、また箱が出て きました。箱には「Anne Klein II」の文字。アクセサリーか?と思ったのですが、 開けてびっくり、なんととてもきれいな腕時計なのです!もう感激!そのセンスのよ さと、卒業祝いをくれた気持ちにとても感激!同封のカードを読んで、またまた感 激、思わずうるうる…。早速腕にはめてみました。「う〜ん、ええや〜ん」その日は まだ腕時計をしていなかったので、洗面所に置いてあった今までしていた腕時計を見 に行きました。何となく、見に行ったんですね。すると、その腕時計、その前の晩の 10 時半で止まってるのです!なんという偶然…。実は数日前に止まっていたのですが、 時間を合わせるとなんとか動き出したのです。でも、電池の替え時かなぁ、と思って いたところでした。何というよいタイミングでしょう。ルビーちゃん見てたみたいに グッドタイミングのプレゼントです。

その晩、電話をしたのですが留守で、メッセージを残しました。

さて、去年、私はルビーちゃんに何をあげたのかさっぱり覚えていません。卒業ガウ ンを着たKentのシンボル黒リスのぬいぐるみをあげて、喜んでもらったのは覚えてる のですが、もう一つあげたはずなんですが、それはなんでしたっけ?何か、「紫」色 の ものだったと思うんですが…。彼女紫が好きだから。腕時計のような、気の効いたも のではなかったと思います。あ〜、ルビーちゃん、本当にいい友達です。

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