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現役留学生としえさんの留学日記


米国オハイオ州ケントにあるケント州立大学で院生活を送る現役留学生のとしえさんが不定期日記を書いて下さることになりました。留学生のキャンパスライフやプライベートってどんなものなんだろう? という疑問のある方はこのサイトを頻繁に覗いてみて下さい。とっても楽しい文章です。

■日記スタートの月 = 5月分の日記はこちらです!
■免許、日本食、授業、炊飯、洗面所騒動、ヤキトリ・・・、6月分の日記はこちら!
■ディナーパーティー、ルームメイト、車・交通事情、ショッピング・・・、7月分の日記はこちら!
■美容院、オリエンテーション、免許更新、ナイヤガラの滝・・・、8月分の日記はこちら!
■連続テロ事件について、アイスホッケー観戦・・・、9月分の日記はこちら!
■食欲の秋、ラジオ出演、パンプキン彫りコンテスト・・・、10月分の日記はこちら!
■コロンバスで友人と再会・・・、11月分の日記はこちら!
■冬休みを2週間後にひかえて、合わないメガネでドライブ・・・、12月分の日記はこちら!
※感想・質問・励まし等、としえさんへのもお待ちしています。

#38. (2002年1月9日) ●カルガリー旅行 VOL4

いよいよクリスマスがやって来ました。クリスマスの朝、お姉さんと一番下の弟夫婦 も集まり、ベースメントのクリスマスツリーのある部屋でプレゼントを「開ける」イ ベントを楽しみました。今までの日記でお分かりだと思いますが、ボーイフレンドは 4人兄弟で、そのうちの二人の弟は結婚しています。ですから、クリスマスに一人一 人にプレゼントを用意するのは不経済なので、毎年くじを引き、今年は誰が誰にプレ ゼントを買うか決められます。同時に自分の欲しいものをリストアップして渡しま す。こうしておけば、クリスマス後にデパートの「返品コーナー」に並ばなくて済み ます(アメリカではクリスマスでもらったものの返品は普通に行われます)。

ツリーの下に置かれたプレゼント

クリスマスプレゼントは前もってクリスマスツリーの下に置かれます。置く時にプレ ゼントに「ネームタグ」を貼ります。ボーイフレンドの家族のプレゼントを開ける方 法は、、若年者から順に一つずつプレゼントを持ってきて(自分からの贈り物とは限 りません)、当人に渡します。プレゼントの上に「ネームタグ」があるのはそのた め。私はこのイベントの「新人」なので、プレゼントリストもなく、ただ何か欲しい ものがあるかと前もって尋ねられていました。私からは、日本に住む母から今年の干 支の「うま」にちなんだ「木目込み人形」と「土鈴」(どれい)を送ってもらってい たので、これをみんなに贈ることにしました。一番若いのは一番下の弟パトリックで す。次が奥さんのカースティン、コレット、スティーヴ、そして私のボーイフレンド です。彼が終わったときに、みんなの「次は誰?」の質問にお姉さんが「次はトシ ?」というので、「ちゃいます」と答えました。私はボーイフレンドのお姉さんより 年上なのです(T_T)結局私もプレゼントを持ってくるイベントに参加させてもらいま したが、中には私は部外者および新参者なので、年齢とは関係なく、最後の順に回っ たとおもっていた人もいるかもしれません。


決められた名前とは別に個人的にプレゼントを用意したり、私からは全員にだったの で、順番は三順ぐらい回ってきました。私は兄弟からクリーム色のタートルネック セーター(セーターとだけしか言ってなかったのに、欲しいと思っていた色とデザイ ンで感激!)とボディーローションや「香りもの」のミニセット、お母さんからはな んと手作りのキルトのブランケット、そしてボーイフレンドからは「GAP」のセー ターと「ROOTS」というカナダのブランドの長袖シャツ、オリンピックバージョン。 実はこの二点は私と一緒にお店に行って買ってるので、中身は前もって知ってまし た。でも、みんなの前ではいかにも「今初めて見ましたぁ!」というふりをしよう、 ということになっていたので、「ありがとう、ショーンちゃーん。感激!」などと 言って演技しました。自分でラッピングもしたんですが、ピックアップしたカース ティンが「これ、ショーンがラッピングしたんでしょ?」と指摘。他の私がラッピン グしたものと違って、箱にも入ってなかったので、確かに雑に見えましたねぇ。結果 的には効果を発揮したわけです。

私からのプレゼントには全員大喜び。特にお父さんは偶然にも「午年」生まれだった ので、この午の木目込み人形はぴったりだったわけです(さて、ここで読者のみなさ んに私の年齢がばれましたね)。

クリスマスの日に教会へ行くのは、このプレゼント交換の後か、前の晩、真夜中に行 きます。ボーイフレンドの家庭はカソリックなので、当然私も連れていってくれるの だろうと思ってました。ところが教会へ行ったのはご両親のみで、子供達は誰一人行 こうとはしません。コレットもカソリックとして育ったのですが、ご両親の宗教が 違っていたので8歳くらいのときが最後で、それ以後教会なんか行ったことない、と 言ってました。しかも、カソリックのことをよく知らないので、教会で教えてもらお うと思っても、もともとカソリックの人にはそう言う教育はしてくれないそうです。 異教徒からカソリックに入信した人にはこういったお勉強会があるらしいので、彼女 は「私、一旦仏教徒になって、それからカソリックに戻る」って真剣に言ってまし た。将来尼さんになりたいそうです。ほんまかいな…。とにかく、私は結局カソリッ ク教会へ行く機会はなかったのです。残念。

その後スティーヴとコレットは七面鳥の調理に取りかかりました。今年は彼女が料理 することになり、初めてだけどがんばるわぁと台所で大きな七面鳥と格闘してまし た。サンクスギビングの時の七面鳥もそうですが、丸ごとの七面鳥の「中身」を取り だし、その中に「スタッフィン」と呼ばれるパンを細かくちぎったものにあじ付けし たものを(家庭によって作り方はさまざま)を七面鳥のおなかに詰めこんで焼きま す。そうすることで七面鳥自身の味もついておいしいスタッフィンになります。

ディナーは、一番下の弟の奥さんカースティンのご両親も加わって、総勢11人のディ ナーになりました。ディナーの様子の写真を撮りたかったのですが、余りにも日本人 的で恥かしかったので、結局機会をのがしました。ディナーはすごくおいしかったで すよ。お母さんや他の人が、「ショーン、マッシュドポテト残ってるよ」とか、「グ レービー(ソース)あるよ、ショーン」とか、「ほら、あんたの好きなクランベリー ソースあるよ、ショーン」とみんなでボーイフレンドの食べ物の世話を焼くので面白 かったです。「ドラムスティック」と呼ばれる七面鳥の脚はボーイフレンドとカース ティンのお父さんとで一本ずつ分けてました。サンクスギビングのときにこの「ドラ ムスティック」を私が取ったので、実はボーイフレンドの大好物だったとは知らず、 「なんや、言ってくれたらよかったのに」と思いました。悪いことしました。とにか くよく食べるボーイフレンド…。特にマッシュドポテトが好きなんです。その話しを してるときに、私が「だから、初めて料理したときマッシュドポテト作りました」 と。しかしここまで好きとは…。最後はカースティンの作ったおいしいパンプキンパ イで締めくくり。とても素敵なディナーでした。

#37. (2002年1月8日) ●カルガリー旅行 VOL3

12月21日金曜日にボーイフレンドのご両親が来られました。サスカチューンからカル ガリーまでは車で6時間かかります。夕方4時前にお二人到着。3時を過ぎた頃から、 弟のスティーヴが窓から外を何度も覗っていたのが印象的でした。二人が到着すると ボーイフレンドと弟とで荷物を家の中に運び込み始めました。私は緊張しながら二人 と対面。電話で1、2度話した事はありましたが、やっぱり実際に会うのは緊張しま した。お母さんはたくさんのお土産を持ってこられていて、私にまで手作りのミトン をくださいました。感激。

その後は気さくに会話が始まり、なぜかそのうちそれぞれの「干支」が話題になりま した。私の年に近い人は指で数えてなんとかなったのですが、そのうち「1943年は ?」とか、「42年は?」と尋ねられると、「指」では数え切れなくなり、部屋に早見 表を取りに行きました。そこで判明したことは、ボーイフレンドのお父さんと私は干 支が同じということ。ただ、この時は年号だけを言われて私がそれに対して答えてい たので、誰がどの干支なのか分からなかったのです。でもあとでよく考えてみると、 お父さんと私が同じ干支だとわかったのです。

その日の晩は同じカルガリーに住むお姉さんも含めて、「ゲームナイト」になりまし た。みんなのお気に入りは「Trivial Pursuit」(トリヴィアル・パースート)で す。これは、いわゆる雑学クイズで、私とボーイフレンドも持ってます。ただ、弟た ちが持っているのは「カナダ版」というもので、共通した問題もありますが、ほとん どがカナダの歴史や地理に基づいたもので、私にはお手上げものです。しかしチーム 対決をすることになったので、少し安心。チームはサイコロの目数で決め、スティー ヴ・コレットの「ラブラブチーム」、お父さん・ボーイフレンドの「博学チーム」、 お母さん・お姉さん・私の「どう考えても他のチームより不利でしょう、私が居るか らチーム」に分かれました。私は「サイエンス」問題はなんとか解けますが、カナダ の総理大臣や、地理のこと(私はボーイフレンドに会うまで、サスカチュワンという 州があることすら知りませんでした)、アイスホッケーのことなんて、分かる訳ない です。完全に不利…。ゲーム中はどんなヒントも出してはいけないことになってお り、誰かが少しでもヒントを出そうものなら、非難の声が飛び、正解になれば雄叫び が上がり、不正解でも他チームからのブーイング…。ゲームは5時間にもおよび、結 局このゲームはスティーヴ・コレットチームの勝利に終わりました。

日本でもかつて「トリヴィアル・パースート」が発売されたそうですが、今は廃版に なっているそうです。一時期「クイズ王」なるものがはやった国なのに、基本的にはこ の手のゲームは受け入れられなかったのでしょうかねぇ。私は好きですよ。アメリカ 版は問題を読むのが英語を読む練習にもなるし、なんと言っても知識の構築になりま す。それに日本語で答えを知っていても英語でなんと言ったらいいかわからないこと も、これを機会に覚えることができます。

初めての知らない問題にはお手上げですが、何千もある問題も回を重ねていけば、一 度出題された問題に当たることもあり、私はその記憶力に頼って答えたものもありま す。一度間違えたものは、2度と間違えないように…。カルガリーに滞在中何度もこ のゲームをしましたが、私は一度もボーイフレンドとチームを組むことができず、単 独か、彼のお姉さんと組みました。ちょっと寂しかったですが、その分お姉さんやお 母さんとチームワークができたのでよかったです。

次回はいよいよクリスマスの話題です。

#36. (2002年1月7日) ●カルガリー旅行 VOL2

先日の「カルガリー旅行」の続きです。ボーイフレンドの弟の家に到着した日は、 「Yuk Yuk’s」(ヤックヤックス)というコメディーショーを見に行きました。アメ リカやカナダは日本と違って、二人でジョークを掛け合ういわゆる「漫才」というの は余り無く、一人語りが主流です。ボーイフレンドの弟の奥さんのコレットがチケッ トを取ってくれていて、彼女の友達3人、ボーイフレンドの一番下の弟、コレットと ボーイフレンドのすぐ下の弟(つまり夫婦)、ボーイフレンドやその兄弟の共通の友 達とその彼女、そして私とボーフレンドが招待されました。しかもステージの一番前 の座席です。こんな間近でコメディーを見れる嬉しさと、最前列は、絶対にジョーク のネタにされるだろうなぁという心配がありました。それと、英語のジョークは理解 するのが難しいと言うこと。ちょっと心配でしたが、実際ほとんどの話がわかり、み んなと同時に大笑いできました。

さて、最後に出てきた「カナダで一番面白い男」と言われているスコットというコメ ディアンが大笑いさせてくれました。なぜなら、私たちに話しかけ、案の定、私達は ネタにされました。先ず弟のスティーヴとコレットは夫婦であると見て取り、話し始 めました。そして弟に「仕事は何してるの」と尋ねました。実はボーイフレンドもそ うですが、ここのお父さんも、お姉さんも、弟のスティーヴも奥さんのコレットも皆 エンジニアです。スティーヴは「エンジニアです」と答えました。次にコレットに質 問が向き、彼女も何をしているのか「What do you do?」と尋ねられました。普通英 語で職業を聞くとき、こう尋ねますよねぇ。ところがコレットは「ah…as a person?」(え…人間として?)とわけのわからない答えをしたもんですから、この コメディアンに「ご飯食べます、とか水飲みますとかって答えるんかいな!」とから かわれ、会場大爆笑。その後自分もエンジニアであり、でも仕事を変わったところで 勉強中なのでなので、今の分野では「フェイク」のエンジニアです、と答えました。 ですから、このコメディアンにはずいぶんバカ扱いされました。

その後私とボーイフレンドに「刃」が向きました。先ずボーイフレンドに話しかけ、 「となりに居るのはフィアンセか?」と尋ねてきました。彼が「ガールフレンドで す」と答えるとどれくらい付き合ってるのかと尋ねられ、「8ヶ月」と回答。コメ ディアンは、「じゃあ、これが初めてのクリスマス?」と続けて質問。彼氏は 「えぇ…と、っそ、そうです」のように即答できなかったため、またまたコメディア ンの攻撃の的。「あんた、これが1回目かな、2回目かなぁ、って指折って数えるんか いな!8ヶ月しか付き合ってなかったら最初のクリスマスやろ!」会場大爆笑。で、 コレットに向かって、「ごめんごめん、ここにあんたよりまだバカが居ったわ」と。 で、彼に職業を尋ね、「エンジニアです」という答えに、会場止まらずまた大爆笑。 私も、「あんたもエンジニアか?」と尋ねられたので、「違います」と言うと、「今 日はエンジニアのパーティだから、あんたは家に帰りなさい」と言われました。

このスコットというこメディアンの出演の前に、ボーイフレンドはアメリカから来て いると、別のコメディアンに答えているので、彼はアメリカ人だと思われており(実 際国籍はアメリカ人ですが)、アメリカから来て弟の家に滞在しているという答えに スコット少し混乱。私に向かって、「カナダ人?アメリカ人?」と尋ね、私が「日本 人です。オハイオで勉強してます」というと、「あんたの顔から判断できたよ、どこ かアジアの人やなってわかった。英語はうまいねぇ」と。そのうち、コメディアンは ボーイフレンドがアメリカ人として話を進め出したので、ボーイフレンドのとなりに 座っていた友人が彼に代わって、「違うんです。この人実はカナダ人で、ただ単にア メリカに住んでるだけ」と発言。コメディアン、ますます混乱。私たちのグループは かなり会場に笑いを提供しました。

この晩は笑いすぎて、お腹の筋肉が痛かったです。でも、生のコメディを目の前で見 れたので、感激でした。

#35. (2002年1月5日) ●カルガリー旅行 VOL1

日本はまだお正月の真っ最中ですね。では、私も日本風に、「あけましておめでとう ございます」

さて、先月の19日から今月の3日まで、カナダのカルガリーへ行ってきました。カル ガリーは1988年に冬季オリンピックが開催された町です。私はこの「カルガリー」と 言う文字がどうしても「カンガルー」と読めてしまいます。そんなことはどうでもい いのですが、なぜそこへ行っていたかというと、ボーイフレンドの弟二人とお姉さん がカルガリーに住んでいるのです。彼の出身地はサスカチュワン州のサスカチューン というところで、今もご両親が住んでらっしゃるのですが、近々この家を売ってカル ガリーに移ってこられるそうです。一番上のお姉さんも最近家を出てカルガリーで仕 事をしており、結婚している二人の弟もカルガリーに住んでいるので、今回のクリス マスはカルガリーで過ごすことになったのです。私とボーイフレンドはすぐ下の弟夫 婦の家に2週間お邪魔することになりました。

クリーブランドの空港から飛行機に乗り、ミネソタ州のミネアポリスで乗り換え、カ ルガリーまで約5時間の飛行機の旅です。9月のあの忌まわしいテロ事件があってか ら空港内へ入ったことがなかったのですが、やはり空港はちょっと異常な雰囲気でし た。警察官だけでなく、アーミーも常時セキュリティで「番」をしています。普通空 港でパスポートや身分証明が必要なのはチェックインのときと出国審査のときだけで すが、今は違いますよ。チェックインの後のボディチェックのところでもパスポート の提示を要求され、搭乗口でももう一度パスポートを提示します。ボディチェックの ときボーイフレンドに、「パスポートいるかなぁ?」というと。「いらんいらん。か ばんに入れとき」と自信満々。「でも、今はすごくチェックが厳しくてルールが変 わってるから、どこでも身分証明がいると思うよ」と問答しているとそばにいた女性 のセキュリティが「はい、ID見せてちょうだい」と言い、「どこへ行ってもID見 せなきゃだめなのよぉ」と微笑みながらボーイフレンドを見てました。「ほら見て みぃ。私の言った通りやん」

私たちのセキュリティチェックは難なく終わったので、搭乗時間までコーヒー飲んだ り、ボーっとしてました(なんせ朝早かったものですから)。その間セキュリティー のゲートはピーピー鳴りっぱなし。普段より多めの人が脇にやられ、あの金属探知 機って言うんでしょうか(きっと違う)、あれで体中を調べられてました。どう見て もテロリストには見えないかわいい女の子からおばーちゃんまで…。

搭乗時間になったので搭乗口へ向かいました。私は、ここでもパスポートが必要と見 て、手に持ってました。ボーイフレンドは、「要らんと思う」と言ってかばんにし まってました。ところが、やはりここでもパスポートの提示が必要となり、私はス ムーズに提示したのですが、ボーイフレンドはかばんを開けて、「ちょっと待ってく ださい」と言いながらごそごそしてました。ほらねぇ…。

ミネアポリスには飛行機が遅れて到着したため、お昼ご飯を急いで食べ、次の乗り換 えのため搭乗ゲートまで急ぎました。このときに私のリュックをボーイフレンドが 持っていてくれました。多分、私たち二人が最終搭乗だったと思います。搭乗券を 切ってもらい、いざ飛行機に乗り込もうとすると、搭乗口にいた中国人風のセキュリ ティの男性が、「あんただけちょっとチェックさせてもらうよ」というのです。そし て、ボーイフレンドに向かって、「あんたは行ってよし」と、搭乗を促します。 「え〜なんで私だけぇ」多分、離陸の時間が迫っていたため、大きな荷物を持った ボーイフレンドは避けられ、小さなバッグと、化粧ポーチを提げていた私が選ばれた のでしょう。「何で私だけなんですか?これってアトランダムにチェックするの?」 の質問に「そう」ですと。体中触られ、なぜか私のブーツがピーピー鳴り、セーター もお腹の上まで上げさせられ、ポーチの中も爪切りの先まで検査されました。待合所 で待っている乗客がみんな私を見てるので、ちょっといやな感じでした。心の中で 「こんなかわいいテロリストおらんやろぉ!」と叫んでました。

ミネアポリスでさえも雪がないくらい、この頃は暖冬でした。しかし、さすがにカル ガリーに着くと雪、雪、雪。空港まではすぐ下の弟スティーヴが迎えに来てくれてい ました。写真で顔は見たことがあったのですが、ボーイフレンドには似ていない小顔 の男前。「こんにちは」と挨拶をして、彼の家へ向かいました。奥さんのコレットは その日はまだ仕事があったので、戻ってませんでした。でも、夕方、玄関で声が聞こ えたので挨拶にでました。これまたジュリアロバーツにそっくりの小顔の美人。すご く歓迎してくれました。「会うの楽しみにしてたのよぉー」と。

その夜はみんなでコメディを見に行くことになりました(コレットがチケットを取っ ていてくれた)。この話は笑えますので、次回にまた。