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米国オハイオ州ケントにあるケント州立大学で院生活を送る現役留学生のとしえさんが不定期に留学日記を書いて下さることになりました。留学生のキャンパスライフやプライベートってどんなものなんだろう? という疑問のある方はこのサイトを頻繁に覗いてみて下さい。とっても楽しい文章です。 |
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#3. (2001年5月23日) ●車購入手続きアレコレ |
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今回はアメリカでの車の取得の仕方についてお話ししたいと思います。一回ぐらいまじめな話ししないと…。 第1回目の日記に書いたように、私はディーラーからではなく個人から車を購入しました。このようにアメリカでは個 人同士での売買が頻繁に行われます。ディーラーから購入するよりずーっと安く買えます。ただ、車の状態が悪かったり、故障がもれなくついてくる場合も多いと聞きます。しかし私が購入した人物は、友達のおとーさんですが、車関係の仕事をされていた方なので、月1回の点検は欠かさなかったそうです。それを知っていたので、即購入を決めました。 実際は日本車が欲しかったのですが、日本車はアメリカでも人気があり、しかもエンジンがアメリカ車に比べ数段いいので、高価です。私が実際購入した車はアメリカ車です。でもエンジンは3100ccあるのでパワーがあり、日本なら「3ナンバー」の車です。日本にいるときは自分自身の車を所有したことがなかったので、生まれて初めて買った車が「アメ車・3ナンバー」と言うわけです。 アメリカでは、先ず保険に加入しなければ車を所有してはいけないことになっています。私は車を所有する予定の2日前から保険をかけました。保険会社はいろいろありますが、私はインターネットで申し込めるところにしました。見 積りもインターネットで出せます。 車を手にしたら先ずすることは、「車のタイトル変更」です。これはいわゆる所有者の名義変更です。聞いていた話ではタイトルの裏に自分の名前を書いて、サインをして提出すれば終わり、のはずだったのですが、結構手間取りました。先ず行ったオフィスがタイトル変更をするオフィスではなく、ライセンスオフィスだったため、「別のところへ行け」と言われました。しかしそこのおばちゃんがこれから私がしなければならないことを全部紙に書いてくれたので、その通りにすることにしました。 まず、私はその当時人の名義の車に乗っていたわけですから、仮のナンバープレート(厚紙でできたもので、バックの窓に貼るか、ナンバープレートの上から貼ればよい)を買いました。これに$4.25支払いました。名義変更する場所の地図をもらって、無事オフィスに到着。タイトルの変更と同時に車購入にあたっての取得税のようなものを払います。これは州ごとに金額が違い、Ohio州は比較的安いです。しかも、購入した友達のおとーさんが、私に多くの税金がかからないように、実際の売買価格の5分の1の金額を書いていてくれたため、私の支払いは$36.00で済みました。 車のコンディションを聞かれた場合も、前もって聞いていたとおり「poor」と回答。このことを後でボーイフレンドに言うと、「You guys are sneaky」と言われました。「あんたら、やらしいなぁ」でしょうか、日本語(関西弁)にすると。そこのオフィスの人がこの日記を読まないことを望みます。 次にしなければならなかったことは「Eチェック」と呼ばれるもの。私は一体何のことかわからず、地図の通り行って みると、何といわゆる日本の「車検」のようなものでした。日本の車検をよく知りませんが、チェックする内容な非 常に簡単で、10分もあれば済みます。$19.50の小切手を切って待っていると、「あんたの車、ガソリンタンクのキ ャップがだめになってるから不合格。新しいの買って、また戻ってきて」と言われました。ギャスキャップと言われ ても、どこに売ってるかも知らないので、尋ねると、日本で言う「オートXXX」みたいなところで売ってるということ。でも場所知らないし、「あの辺にあったかな…」の記憶に頼り、これまた迷いながらギャスキャップ購入。再度チェックにチャレンジして今度は合格でした。 そして最後にやるべきことは、本物のナンバープレートをもらうこと。英語では「License Plate」と言います。このオフィスは最初に間違って行ったオフィスです。しかし、よく考えると、アパートのすぐ近くにライセンスオフィスがあるので、そこへ行けばいいことが判明。ここでは、ナンバーの登録料が必要なのですが、すぐにプレートをもらえないので、先ほどの紙のプレートが必要、と言うわけです…のはずだったのですが、実際は違いました。おばちゃんが棚から一組のナンバープレートを出してくれて、$15.00払ったら終わりでした。友達に「ミシガン州では200ドルくらい払うから、オハイオだったらきっとそれ以下よ」と言われていたので、200ドルでないにせよ、それくらいは払う覚悟でした。でも、私の誕生日が9月なので、その月までの登録料として$15.00で済んだのです。小切手を切る前に何度も「Fifteen dollars?」って聞き返しました。 これで、晴れてこの車は私の車となったわけです。ここまで、実は私は3日間かけてやりました。やろうと思えば一日で済んだのですが、なんせなれない道の運転で、1ヶ所行くごとに疲れてしまいました。おかげでずいぶんこの3日間で運転がうまくなりました。 ガイドブックなんかには「アメリカでの車の購入は簡単。車検はない」などど書いてますが、これは全くのウソ。アメリカは州や郡によって決まりが違います(ちなみにボーイフレンドの住んでる隣の郡 はこの車検が要らないそうです)。だから、ガイドブックを読んでその内容を鵜呑みにするのは危険です。ディーラ ーから買う方が断然手間は少ないですが、その分支払う金額が倍以上します。何でも自分でやらないといけないアメリカに住む以上、自分自身でこういった手続をするのもいい経験でした。 またの機会に、アメリカでの運転事情(なんかすごく大げさな表現)とガソリンについてお話しします。それではま た。 |
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#2. (2001年5月19日) ●アパートをかりたらまず・・・ |
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はぁ〜…引越しから1週間たち、なんとか落着いて生活できる様になりました。と言っても、今日やっと完了した、と言う感じ。今日はその「大変」の一部を書きます。 前回「本日また朝から大変だった」と書きましたが、15日の昼の2時ごろ、急に電気が止まってしまったんです。テレビがついていただけだったのでブレーカーが落ちたとも考えられず、不思議に思いアパートの事務所に向かいました。当然「ブレーカー落ちたんちゃうん?」(何で関西弁なんでしょう?!)と言われましたが、ブレーカーは全部「ON」になってました。部屋中をぐるぐる見ている間に、事務所の人に、「ここへ引っ越してくる前、電気会社に電話した?」ときかれました。はぁ?何それ?電気代家賃に含まれて…ないよね。そっか、忘れてた…。 で、実はその日まだ電話がついてなかったので、公衆電話から申し込みました。名前を言えばすぐにつないでくれる、と言うことでした。私は早く電気がつながって欲しい気持ちから、電気会社の人が「今日の午後5時」と言ったのを、電気が点く時間だと思いこんでしまいました。そして、夕方5時を待ってました。しかしいくら待っても電気は点きません。アメリカのことだからきっちりした時間に点く方がおかしい、と思い、7時まで待ちました。でもやっぱり点きません。で、もう1度電気会社に電話してみました。すると、当然別の人が出て、「電気会社の事務所に行って申し込まなきゃだめよ。5時って言ったのは、事務所が5時に閉まるってことじゃない?」ですと…。「明日申し込むといつ点きますか?」と尋ねると、「次の日」と言われました。が〜ん!外はだんだん暗くなるし、しかもキッチンのコンロはガスコンロなので料理もできません。冷蔵庫の中のものはどうなるんだろう?ぎゃ〜真っ暗はいやぁ〜!心配して夕方来てくれたボーフレンドに何も作ってあげられず、しかも次の日に夕飯をご馳走する約束をしてました。それも延期せざるをえません。キッチンで食パン3枚食べて、彼は帰りました。あ〜惨め…。 夏時間の現在は夜の9時ぐらいまでは明るいですが、それでも夜は真っ暗です。仕方ないので、トイレに行く度にろうそくを持って、まるで中世のお屋敷のような生活をしました。朝が待ちどおしかったです。次の朝、アパートの事務所に行って賃貸契約書をもらい(電話でこれがいると言われたのです)、電気会社に向かおうとしました。で、賃貸契約書の話をすると、「そんなの要らないわよ!電話で申し込みできるのよ。それに去年の12月までその部屋には人が住んでたんだから、電気が切れるなんてありえない」というのです。この彼女は前の日に事務所にいませんでした。アメリカのアパートでは、人がいなくなったからといってすぐに電気を切ったりはしないそうです(日本でもそうなんでしょうか)。早速彼女が電気会社に電話してくれました。そして、向こうの手違いであることがわかり、電話で名前や住所の確認をされ、「明日の朝8時から夕方の4時までに点きます」とのこと。でも、しっかり100ドルのデポジットを取られました。その日の晩は、また不安のうちに過ぎました。 そしてまた次の日、朝の9時の時点でも電気は点かず、私はろうそくを灯しながらシャワーを浴びました。シャワーから出てくると、何かリビングが騒がしいのです。そしてリビングへ行くと、なんとテレビがついてました!!!お〜神さまありがとう。急にキリスト教信者になりました。朝の9時に点けば、大したものです。約43時間、電気のない生活をしました。スイッチをひねればテレビや電灯が点く生活に慣れてしまうと、それが当たり前に思えてきます。文明のありがたさを感じました。それと、アメリカという国は何でも自分で「やらないといけない」国です。と言うより、個人がしっかりしてないと誰も助けてくれない国です。例えば、銀行や大きな会社でも平気で間違いを起こします。学校の請求書や銀行の明細書は、しっかり自分で確認しておかないと間違いはざらに起こります。私なんて以前奨学金の手続間違いで、政府からお金を借りてました。でも、それは何年もたって間違いだとわかりました。本当は私のビザではアメリカ政府から借金なんてできないのです。アメリカで生活していると、人間強くなりますよ。確かに、多少疑い深くもなりますが…。 それではまた次回。 |
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#1. (2001年5月15日) ●まずは自己紹介など |
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こんにちは。最初は自己紹介をすればいいのでしょうか?おのえとしえといいます。現在Ohio州のKentにあるKent State UniversityでSpeech Pathologyの勉強をしています。KentはGoodyearのあるAkronという町のすぐそばにある町です。去年の夏にやってきて、最初の1年は大学院へ進むためのprerequisites(必修科目)を取っていました。そしてこの秋から大学院(Grad School)へ進めることになりました。実際には夏のコースからGradの授業を受けることができます。私はこの授業を受けようと思っているので、夏の授業の前に1ヶ月「だけ」夏休みがあります。つまり、今夏休みです。やっほ〜い! 先週の金曜日(5月11日)に地獄のようなfinalが終わり(5科目もあった…)、その日の午後から新しいアパートへの引越しを始めました。それまでは学生寮に住んでたんです。でも、学生寮って案外割高で、しかも私のビルは「24h Quiet hour」なんて言ってるけど、「どこがぁ?」という状況で、去年友達とアパートへ移る計画を立てました。そうです。ルームメイトがいます。このことはまた別の話で。 金曜日と土曜日の2日かけてなんとか引っ越してきました。でもその荷物の多さにびっくり。だって、私シングルの寮に住んでたのに、どこにこの荷物があったのか、と疑問に思いました。急いで荷解きしたかったんですが、金曜日の夜は彼氏とデートだったし(このこともまた別の話で。もちろん彼氏も引越しを手伝ってくれました)、土曜日は昼から荷物を運んで、その後洗濯だとか、何やかやとやってるうちに一日過ぎました。で、日曜日にやればいいじゃん、なんですが、この日はとても大事な「行事」がありました。 私、今回はじめてアメリカで車を購入しました。アメリカは車がないとやっていけない国だとわかっていながら、今まで延ばし延ばしにしてました。アメリカの免許は3年前、これまたOhioの別の大学に行ってた時に取りました。でも今回は、アパートに住むことになったし、やっぱ車は必要だろうと言うことになり、探してたのです。ところがこの話を前の大学で知合った日本人の友達にすると、「私のおとーさんが車を売りたがってる」と言うことで、希望金額を聞くと私の予算よりはるかに安かったので、即購入を決めました。彼女のおとーさんは10年ほど前からOhio州で仕事をされてたのですが、今回日本へ戻られることになったのです。で、私が買った車というのは、持ち主はおとーさんなのですが、実際運転していたのは私の友達です。私の友達はそのおとーさんが乗っていた車を譲り受けた、というわけです。友達のご両親はOhio州のToledoという町に住んでおられました。ToledoはKentから車で2時間半ほどのところにあるMichigan州近くにある町です。私はこのfinalが済むまでは車を取りにいけませんでした。ところが、ご両親はその私の試験が終わる前に帰国されるということ。で、車はそのままToledoの駐車場に残し、私はGreyhoundを使ってToledoへ行き、今はDetroitに住んでいる私の友達に小切手を渡して、その車に乗って戻ってくる、というなんともアドベンチャー的な旅になりそうでした。 Greyhoundはここから車で1時間ほどのClevelandまで行かないと乗れません。そのライドも必要だったのですが、私のルームメイトが私より先に車を購入していたので、これは即解決しました。でも一番の私の不安は、「そんな長距離、日本でも走ったことがない!」でした。初めての運転がこの長距離(日本で2時間ほどの運転は大した距離ではないと思いますが、こちらは法定速度が日本と違います。だから、「長距離」です)では、ちょっとどころか、不安過ぎます。ところが実際は…。この話を始めたころにはまだ出会ってなかった今の彼氏が、Toledoまでついてきてくれることになったのです。急きょこの旅は、「ラブラブアドベンチャー」になったのでした。当然彼にToledoからKentまで運転してもらいました(^_^)v実はこの日にもちょっと笑える話がありますので、これも別の話で。というわけで、昨日(5月14日)始めてKentの町を「一人で」運転しました。一度その友達がKentへ来たときに「練習」ということでちょっと乗ってみたのですが、友達に「寿命が三年縮まった」と言われました。やはり道路の右側を運転するのは、どうも体の位置が定まらず、左折するときが日本の右折に当たるのですが、その感覚が逆なので、ちょっと慣れるまで大変かな?と思ってました。昨日はまだ買い物するものがたくさんあったので(ルームメイトは昨日からおかーさんとフロリダへ旅行に行ってしまいました(;o;))、とうとう一人で買い物です。とはいうものの、道はよく知ってるし、私は結構地図を見たり、道順を覚えるのが得意なので、目的地まではすんなり行けました。でも、なんだかすごくどきどきしました。だって、周りの車みんなが、私に注目しているような気がしました。日本みたいに若葉マークつけてるわけじゃないから、外見からはわからないんですけどね。 車を購入するまでは、買い物にはバスを利用してました。バスは学生カードを見せればタダなんですが、バスの時間を気にしながらの買い物は全然面白くないし、それにたくさんの物は買えません。せいぜいリュックに詰め込んで、両手に持てる程度です。レジが済んでリュックに荷物を詰め込む姿は、アメリカでは余り見かけない光景です。いくら「お買い得品」を見つけても、重量のあるものは買えなかったんです。でも昨日は違いました!欲しい物じゃんじゃん買って、大好きなコーラも12缶セットが3つで8ドルだったので、これも何も考えず購入。たくさん買っても荷物は車のトランクに入れといて、お店の「はしご」だってできるし、「あ〜人間らしい生活…」とつくづく思いました。でも、その後が大変。アパートに戻ってきてから駐車場と部屋を4往復するぐらい買ってました。ま、事故も起こさず、無事帰って来れたことが何よりです。なんせ、日本から「交通安全のお守り」送ってもらってますから…。 今日はこれぐらいに。本日また朝から大変だったのですが、これもまた別の話で。 |
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