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現役留学生としえさんの

留学日記

米国オハイオ州ケントにあるケント州立大学で院生活を送る現役留学生のとしえさんが不定期に留学日記を書いて下さることになりました。留学生のキャンパスライフやプライベートってどんなものなんだろう? という疑問のある方はこのサイトを頻繁に覗いてみて下さい。とっても楽しい文章です。

2001年05月: 【まずは自己紹介など】【アパートをかりたらまず・・・】【車購入手続きアレコレ】

 

#10. (2001年6月22日) ●サラリーマン・ディナー

とうとうこの日記も#10を迎えましたね。みなさん、楽しんでいただいてるのかしら?

昨日、ボーイフレンドが仕事の帰りにうちへ来ることになっていたので、焼き鳥とあの例のご飯をご馳走することにしました(ご馳走、ってほどでもないんですが…)。ルームメイトに「あんたも一緒に食べる?」ときくと、「うん」というので3人で仲良く食べることにしました。

前に一度、別のアメリカ人の友達と焼き鳥を作ったことがあるので、要領は得てました。しかし今回はフライパンではなく、日本から送ってもらった「もち焼き網」でチャレンジ。もち焼き網…セラミック加工がコンロの火を炭火のようにする、と書いてあったので「ぴったり」と思い使ってみることにしました。焼き鳥といっても「ねぎま」のしょうゆだれ味しかできませんが。しかも、鶏の胸肉なのでちょっとぱさぱさした感じ。でも、もも肉だと、骨までついてくるのでやめたのです。

授業が終わり、ボーイフレンドに電話をして、それから「焼き」にかかりました。朝の間につけだれを作っておき、鶏肉とねぎも切っておきました。鶏肉とねぎをつけだれに15分ほどつけこみ、その間にご飯を炊きました。「焼き鳥」を外国人に説明するとき「日本のシシカバブーみたいなもの」と説明すればわかりやすいと思うのですが、私の発音が悪く、ボーイフレンドは「なんじゃそりゃ?」といいました。「シシカバブゥーやん!」というと、「Shishkebab。きみの発音には余分なシラブル(音節)が入ってる」「しゃーないやんか、日本人やねんから。日本では「シシカバブゥーって言うの!」」という焼き鳥ではなくやり取りがあり、おかげで正しい発音を覚えました。ルームメイトも「ヤキトリって何?」と聞くので、今度は自慢げに「Shishkebabよ」と教えてしましました。スーパーで本物を見せてあげたのですが、台湾人の彼女は、シシカバブー自体知らなかった様です。

おいしそう・・

竹串は、何とボーイフレンドのうちからもらってきました。焼き鳥の串よりかなり長いですが、アメリカにも竹串は売ってます(前に作ったときに知っていた)。バーベキューに使うようですねぇ。彼のうちでこれを見つけたとき、焼き鳥実行計画を思いついたのです。長さを整え(15本)水につけておきました。こうしておくと、焼いたときに串がこげない、と何かに書いてあったので。たれにつけこんだ鶏肉とねぎを交互に刺していきました。もち焼き網の上に並べ、焼き始めました。時々炎が上がったりして、いい感じです。最初の半分が焼きあがるころに、ルームメイトがコンピュータールームから戻ってきました。「いいにおい…」っていってましたが、焼き鳥のにおいって、いいにおいと、臭いの紙一重ですよね。焼き鳥屋さん行ったら臭いもん。

次の半分ができたころに、ボーイフレンドも到着。彼には、ルームメイトも一緒に食事することを言いませんでしたが、察したようです。メニューは焼き鳥、ご飯、インスタントのスープ(今回はスープを作る時間がなかったので)、そしてカナダビールで、日本のサラリーマン・ディナーしちゃいました。ボーイフレンドは自分専用のお箸で、がんばってご飯を食べてました。最近なかなか上手になってきました。焼き鳥も、串から外してお箸で食べようとするので、「焼き鳥はこうやって食べるのよ」と串をもって食べるように言うと、「練習、練習…」だそうです。ふりかけのごまも箸でつかめるぅ、と自慢するまでになりました。ふりかけはルームメイトが食べたいというので、3人ともかけて食べました。

あの歌、二人の前で歌ったんです。ご飯炊くときの歌。ちょっと恥かしかったけど、日本人の知恵を自慢しました。

後かたずけはルームメイトがやってくれました。実に楽しい夕食でしたよ。焼き鳥を夕食に食べる、外国人3人(アメリカでは、3人とも外国人)、ん〜絵になる。それでは、また。

 

#9. (2001年6月20日) ●アメリカ式の約束事

は〜、今日最初のテストが終わりました。この短期間でむちゃむちゃ勉強した気がします。でも勉強したわりには、分からない問題がいくつか出て、「空白」はいやだったので何でも思いつくものを書きました。その中に、「動脈にできる、風船の様に膨らみ、破裂し、神経細胞に血液を撒くもの」というのがあり、どうしてもつづりも、発音も思いつきません。答えは「aneurysm」なのですが、怪しげなつづりの下に、「動脈瘤」と漢字で書いておきました。先生が日本語を解する人であることを、望みます(んな、アホな…)。後で友達につづりを確認すると、しっかり「日本人らしく」、「L」と「R」を間違ってました。

先週、ちょっとすっきりすることをしました。実は以前から洗面所のパイプが詰まっていたのです。洗面所にはシンクが2つあります。私とルームメイトとで、分けて使っています。ところが、一方のシンクで水を使うと、なかなか流れないだけでなく、片方のシンクに、同じ種類の水が(質、色ともに同じ)上がって来るのです。私の方だけかと思っていたのですが、どうやらルームメイトの方も同じ詰まっているようです。そこで事務所に電話をし、直してもらう様に頼みました。それが先週の木曜日。事務所の人が「今メンテナンスの人がどこにいるか分からないから、連絡して行かせる」とのこと。「いつ?」と尋ねると、「多分、今日」。でも、その日は私は授業があり、ルームメイトも出かけてました。夕方授業から帰ってきても、どうやらだれも来た様子はありません。そこで次の日もう1度連絡することにしました。

次の朝(金曜日)、事務所に電話すると、「あれ?だれも行ってない?じゃ、また連絡して行かせるわ」とのことでした。私は、アメリカでのこういう電話での会話をあまり信じてません。「そば屋の「今出ました!」」(でしたっけ?)ではないですが、信用しない方がいいです。ルームメイトは、その日急きょカナダのトロントへ友達のところへ行くことになり、私は「もし今日の夕方まで待っても誰も来なかったら、自分でなにか買ってきて直す」と言っておきました。彼女は、トロントへ出かけました。夕方まで待っても誰も来ないので、スーパーにパイプ詰まりの「なにか」を探しに行きました。ボーイフレンドが「パウダーのがよく効く」と言っていたので、同じものかどうか分かりませんでしたが、「パウダーもの」を買ってきました。「液体では届かないところまで洗浄」と書いてあったので、何だか効きそうだったので。

寝る前に作業に取り掛かりました。シンクが二つあるので、先ず一方のシンクの排水口をテープでふさぎました。そうしないと、一方で流した水が逆流してくるからです。先ずお湯を1分間流す、と書いてありました。でも、1分間も水を流すと詰まってしまうのです。たまった水が、流れきるのを気長に待ちました。そして、排水口に丁寧にこのパウダーを入れ、そこへ16オンスのお湯を流すと書いてます。流し始めると、これがすごかったです。水とシンクに少し残ったパウダーが反応して、ぶくぶくとあわ立ち始めたのです。これが、どうやら威力を発揮しそうでした。

同じことを、もう一つのシンクに行い、テープをはがして、次の朝まで待ちました。この時間がどれだけ待ちどおしかったことか…。朝方夢にまで見てしまいました。一生懸命、パイプを掃除している夢です。朝になり、いよいよお湯を流してパイプの中の泡を流す時間がやってきました。「ジャ〜…」水道のお湯を流すと、「ぼこぼこぼこ…」という音とともに、パイプは見事に洗浄されました!すっごく気持ちよかったです!あ〜うれひぃ〜〜。その日一日、とてもすっきりした気分で過ごしました。

次の週の月曜日、リビングルームで試験勉強していると、誰かがドアを激しくたたきます。「どなた?」と思ってドアを開けると、アパートのメンテナンスらしき人が、なにやら怪しげな色の液体が入ったボトルを何本か提げて立っているのです。「パイプが詰まったって聞いてるんだけど…」「もう自分で治したからいいです」「あっそ…」おいおい、私電話したの、木曜日やで!ま、アメリカでの生活というのは、概してこういうもんです。ですから、何でも自分でできるようになります。きっと彼が持っていた液体は、さほど効かなかったと思いますよ。

今週末は久しぶりにゆっくりしたいのですが、次のテスト勉強が待ってます…。ああぁ〜…。

 

#8. (2001年6月16日) ●お鍋で炊飯

こんにちは。日本は今梅雨ですか?蒸し暑いんでしょうねぇ。こちらは梅雨は無い代わりに日差しの強い日はかなり暑いです。ところが今日は朝から涼しい風が窓から入り(実は夕べの夜中、雷を伴う嵐でした)、午前中は涼しい台所で勉強できました。

さて今週は週末にかけて「何だか満足ぅ」という出来事が2つあったので報告です。1つ目は昨日の昼ご飯に、「ご飯」を炊いてみた、ということです。「そんなの大したことない」と思われるかもしれませんが、実は私たちのアパートには炊飯器がありません。ルームメイトの友達が一つ譲ってくれることになっているらしいのですが、未だ手に入っていません。お米はあります。私は「錦・Nishiki」というブランドが好きなのですが、今は人からもらたお米を使ってます。いわゆる「キャリフォルニア米」というものだと思います。しかし、炊飯器がないので、お米を食べるときはもっぱらルームメイトが作ってくれたおかゆか、リゾットです(おっしゃれぇ〜)。ルームメイトが、「日本では、おかゆって病人の食べ物ってほんと?」と尋ねるので、「ほんまやで」と教えました。もう病人の食べ物はいやです!昨日はどうしてもふっくらご飯が食べたかったのです。そこで、「よっしゃ、この鍋で作ってみるか」とチャレンジしてみたのです。

鍋は普通の鍋です。厚底でもなければ、南部鉄製釜でもありません。日本に住む妹からもらった、ごく普通のテフロン加工(な?)の小さ目の鍋です。私はあの例の「♪始めちょろちょろ、なかぱっぱぁ〜♪」という歌を思い出し、きっとこの通りにやればうまく炊けると確信し、歌のとおり実行してみることにしたのです。

先ずお米を半カップ分測り(アメリカの1カップは250ccです)、洗いました。鍋に入れ、水の分量がわからなかったので、小学校の時の「飯盒すいさん」を思いだし、指の第1関節分より少し少なめ(私の中指の第1関節は普通の人より長い)まで入れました。そして蓋。この蓋が透明だったことが、後で実力を発揮します。「始めちょろちょろ…」は、うちのレンジは電気コンロなので、最初は火力が弱く、「ちょろちょろ」に当たるだろうと思い、最初から強火にセットしました。「なかぱっぱ」はきっと中間では強火、という意味だと思い、そのまま沸騰させました。「じゅうじゅうふいたら火を引いて」じゅうじゅうあわ立ってきたので、弱火にしました。「赤子泣いても蓋とるな」赤子はいませんので、そのまま蓋を取らずに水気がなくなるまで待つことができました。蓋が透明だったため、中の様子がよく見えたことが幸いでした。泡立ちがなくなり、「炊けた」ようなので、今度はスイッチを切り、そのまま余熱で「蒸らし」ました。あ〜この辺が天才とも言うべきところ…。蒸らしを1〜2分ほどしたところで蓋をとると、何とふっくらご飯が炊けてるではないですか!!全体をよく混ぜて余分な水分を飛ばすと、実においしいご飯でした。あんなに感動してご飯を作り、食べたことはありませんでした(小学校の飯盒すいさん以来)。

ルームメイトが鍋の中を見て、「え?どうやって作ったの?」と尋ねるので、「私は日本人。ご飯の炊き方はよく知ってるのよ」と自慢してしまいました。失敗していたらおかゆを覚悟して、「やっぱりおかゆが一番。消化にもいいしね」と言い訳するつもりでした。「今度作り方教えて」とまで言われ、「始めちょろちょろ…」を彼女に歌って聞かせるつもりです。

その昼のおかずは、ベーコンとねぎを炒めたものに、朝食の残りの目玉焼きを入れたもの(何じゃそりゃ?)。ご飯にはふりかけをかけました。ご飯の残り半分を夕食に食べ、おかずはステーキにしました。あ〜おいしかった。

もう一つの「満足ぅ」は、またまた内容が長くなりそうなので、次回ということで。いつも長い日記読んで下さって、本当にありがとうございます。ではまた。

 

#7. (2001年6月14日) ●サマーセッション

今週の月曜日から夏のセッションが始まりました。アメリカの大学は9月が新学期で、5月が卒業式です。多くのアメリカの大学は「セメスター制」をとっており、一年を二学期に分けます。一学期間は15週間です。私の通うKent State Universityもセメスター制ですが、夏休みの3ヶ月間に授業をとる「まじめな」または「暇な」学生も多くいます。私はどちらの学生の部類に入るかわかりませんが、この夏にいくつか授業を取ります。

夏の授業は学校によってシステムが少しづつ違うかもしれませんが、Kentは「Summer I, II, III」に分かれています。サマーIとサマーIIIは日付的に連続しており、それぞれ5週間ずつです。サマーIIはこの二つの中間から始まり8週間から構成されてます。

5週間の授業だと楽そうに思うかもしれませんが、普通のセメスターの授業と同じ内容の講義のため、週に2回の授業ですが、一日「4時間」あります。私はこのサマーIに2クラス、サマーIIIに1クラスとっています。

私は最初の日記にも書いた通り「Speech Pathology」を勉強しています。あまり馴染みのない学問だと思いますが、日本では「言語聴覚士」や「言語治療士」などと呼ばれ、平成11年から(今日本は平成何年ですか?)国家資格として認められました。子供であれば言葉の遅れを治療したり、大人であれば脳障害による言語障害(失語症など)の治療にあたる仕事です。アメリカではこの分野が非常に発達していて、学校には一人以上このスピーチパソロジストがいます。大学院を出て国家試験に合格すれば、スピーチパソロジストとして働くことができます。

私は以前から言語に非常に興味があり、特に言語をつかさどる脳の機能に興味がありました。しかし、一体何を勉強したらいいのかわからず、いろいろ模索した結果見つけたのがこのスピーチパソロジーでした。

サマーIで取っているのは、一つは成人の言語障害、特に失語症についての授業です。月曜日と水曜日の午後1時から4時50分まであります。しっかり試験は3回あり、来週の水曜日いきなり、その日までの授業でやったことプラス神経解剖学(これは自分で勉強しないといけない)の試験があります。まさに私が勉強したかったことですが、暗記はいやです。5週間に3回の試験ですから、ほぼ毎週試験があるように感じます。私のルームメイトはこの授業を去年の秋にとっているので(15週間の普通の授業)、私にいろいろアドバイスをしてくれます。さすがに5週間しかないので、通常の授業ならあるはずのレポートは省かれています。それを考えると、夏にいくつかの授業をとるのもいいかもしれません。非常に集中的ではありますが、レポートやプロジェクトは省かれます。この授業は修士課程のものです。

もう一つは「聴覚リハビリテーション」。火曜日と木曜日の同じく1時から4時50分までです。これは必須科目なので、修士課程のものではありません。クラスの人数も8人と少なく、しかも全員顔見知り。また、宿題や最終日にプロジェクトはありますが、試験はなく、成績も「合/否」でつけられるそうです。何人かの学生は「簡単!」って言ってました。私は「簡単!」とは言えませんが、少し気持ちは楽です。もう一つの授業に集中できそうです。

勉強するのは楽しい(と私は思うのですが)ですが、いろんなことを詰めこんで試験に挑むときのプレッシャーは、何度経験してもいやなものです。でも、それを乗り越えたときの充実感はすばらしいものです。

明日は金曜日で授業は取ってません。水曜日のテストのためと、土曜日にボーイフレンドに会いに行ける様に、明日は一日勉強です。今日はこの辺で。

 

#6. (2001年6月10日) ●日本食レストラン

今回こそもう少し短くしようと思ったのですが、やはり長くなりました。昨日の土曜日に、ボーイフレンドがインターネットで見つけてくれた、日本料理店へ行って来ました。今日はその報告です。

店の名前は「修平」といい、彼がメールで送ってくれた店の紹介はもちろん英語で書かれているので、ローマ字名は「Shuhei」でした。日本人なら「Shuhei」と聞けば、「あ、日本人の男性の名前だな」とわかりますが、彼はこの名前が人の名前なのか、場所の名前なのか見当がつかないので、何度教えても「シューハイ」と読んでました。

インターネットでの評価は4つ星半で、かなり期待できそうでした。しかもクリーブランド一のおいしさとのこと。ちょっと眉唾ものぽっかったですが、書いてあるメニューがどれもおいしそうだったので、期待十分で臨みました。

カナダ人のボーイフレンドは、実は日本食を試すのは初めてでした。しかも生魚を使った「スーシー」も初めて。日 本酒も初めて。ウェーターは、典型的な日本人の顔をしてるのに、英語が上手で日本語があまりわからないみたいだったので、生粋のアメリカ人だったと思います。

ビールはキリンの「一番絞り」を注文しました。アメリカでは「Kirin Ichiban」と呼ばれており、多分製造もこちらでされてます。そのせいかどうかわかりませんが、ビンの形が日本のものとは少し違います。ボーイフレンドが日本のビールはサッポロしか飲んだことがないと言うので、「キリンを飲まずに日本のビールは語れない」と前からと言ってたのです。びんで注文しました。一杯目はウェーターが注いでくれましたが、2杯目を注ぐときにボーイフレンドに「日本では、こうやってお酌をし合うのがビジネスを潤滑にする方法」と教えました。私が、「いやー、ケニーさん、(彼のラストネーム)今日はお疲れサンでしたなぁ」と言いながら彼にお酌しました。次に彼は私にお酌をしながら「Good job today, Toshie!」と言ってたので。どうやら理解できた様です。

さっきのやたら笑顔のウェーターが注文を取りに来ました。私は、ボーイフレンドがもし生魚が死ぬほど大っ嫌いだったらいかん、と思い、先ずは無難なところから「Age Dashi Tofu」、「Yoshoku Gaeru」、「Age Tako」を注文しました。アメリカ人だったら「エイジ ダーシィ」なんて注文するんでしょうね。つまり「揚げだし豆腐」、「カエルの脚」(これのどこが無難?)、「揚げタコ」です。彼が「このYoshokuなんちゃらいうのわ?」と言うので、私はてっきり「洋食○○」だと思ってたら、良く読むと「養殖カエル」でした。「これって日本食?」と思ったのですが、私もカエルは好きなので「OK」のひとこと。でも、彼はカエルを食べるのは初めてだというので、なかなかのチャレンジャーカナダ人です。注文するときに揚げだし豆腐でさえも英語っぽく発音していた私は、自分で自分を笑っておりました。

注文したものが全部そろいました。ウェーターはもともと置いてあった「おてもと」のほかにフォークととナイフを持ってきてくれました。しかも日本人の私にまで。きっと、「アゲダシトーフー」と英語発音で注文したから、「こやつも同じくチャレンジャーカナダ人やな」と思われたのかもしれません。揚げだし豆腐から食べ始めました。これはなかなかおいしかったです。でも、ねぎがかかってなかったので、ちょっと不満でした。次にカエルの脚。これはみそ味でおいしかたのですが、やっぱり日本食というのに疑問を持ちました。日本の文化を全く知らないアメリカ人が、このレストランに来てこのメニューを見ると、日本人は毎日カエルの脚を食べてるのだと思うと思います。揚げタコは細かく切ったタコのてんぷらでしたが、お皿中央のつけだれがどう考えても韓国のみそ「コチュジャン」だったので、これも日本食とは呼び難いですね。しかしボーイフレンドはビールも含め、どれもおいしいと言って食べてました。

としえさん撮影のレインボーロール

次に、いよいよ「スーシー」の注文です。寿司にはにぎり、細巻き、太巻きの3種類があり、にぎりは高そうだったので「細巻きキャリフォルニアロール」を注文しました。でもやって来た細巻きは本当に細巻きで、日本のものよりずーと小さいものでした。しかも日本人の私に言わせると「シャリ」がいまいちです。ちょっとべちょ、とした感じがしました。少しがっかりでしたが、味はまあまあ良かったし、彼も喜んでたので次は太巻きの「レインボーロール」というのを注文。これは巻き寿しの海苔なし(海苔は中に巻きこんであった)にネタが乗っていて、にぎりと巻き寿しの中間のようなものでした。ネタはスモークサーモン、ハマチ、エビ、と「ホワイトフィッシュ」。このホワイトフィッシュは食べてみても何なのかわかりませんでした。こちらの方が数倍おいしかったです。ただどちらも巻き寿しを注文したのに「わさび」がうず高く(高さ5cmくらい)お皿に盛られていたのにはびっくりしました。誰があんな量のわさびを食べるのでしょう?ボーイフレンドはわさびにトライするのはやめてましたが、その横の「ガリ」はおいしそうに食べてました。ガリをおいしそうに食べるカナダ人を初めて見ました。

このお寿司の注文と前後して日本酒を注文しました。英語では「sake」を「サーキー」と発音します。間違ってますけど、私も英語で話すときは「サーキー」と言ってます。でないと通じませんから。二人で冷酒を注文することにしました。いろいろ種類はあったのですが、馴染み深い「松竹梅」にしました。口当たりが軽くておいしかったです。彼も気に入っていた様です。デザートは私が抹茶のアイスクリームで、彼がマンゴーのアイスクリームを注文。最後に「あがり」で締めくくり。値段も手ごろでした(私は払ってませんが)。

店の雰囲気も良く、土曜の夜ということもあり、店は満席でした。が、店の入り口に振袖が飾ってあるのに接客の女性は髪を茶色く染めた日本の夜の商売の方のような感じで、なんかミスマッチでした。しかし、アメリカであまり日本料理店に行ったことのない私にとっても、カナダ人のボーイフレンドにとっても、良い経験、そしてすてきな時間を過ごすことができました。

 

#5. (2001年6月7日) ●クリーブランド美術館見学

先月の28日(月)は「Memorial Day」(戦没者記念日)で休日だったため、3連休でした。それで、というわけではなかったのですが、その週末にボーイフレンドと一緒にクリーブランドへ行って来ました。

第一の目的は、「Cleveland Museum of Art」(クリーブランド美術館)を訪れること。東洋の優れた作品が多く展示されているということで、以前から興味がありました。しかもクリーブランドを訪れるのはこれが初めてだったので(グレーハウンドに乗った時以外は)、とても楽しみでした。

ボーイフレンドが午前11時ころに迎えに来てくれました。彼はインターネットで調べた美術館までの道順を持ってきていて、「君がナビゲーターになってこれを順次読んでいって」ということでした。みなさんはこのシステム試したことありますか?出発地と目的地の住所を入力すると、「ここで右に曲がれ。何号線をまっすぐ…」などと、事細かに目的地まで案内してくれるものです。それをプリントアウトしたものを私が読み上げて行きました。

クリーブランド美術館はクリーブランドの中心地より少し離れたところにあります。ところが、目的地に近づいたあたりから、ちょっとおかしなことになり始めました。そうです、彼は道を間違えたのです。原因は彼がプリントアウトしたナビゲーションの表現があまり良くなく、どこで道を曲がるのか、明確に書かれてなかったのです。私はただ書かれていることを読んでいただけでした。「私の発音、理解できてる?」と尋ねると、「君の言ってることはわかるが、僕はそれ自体が理解できない」とのこと。

彼は知らない道をぐるぐる回りつづけるだけで、そのうち一言も喋らなくなりました。それまで聴いていたラジオも雑音に聞こえていたらしく、「It's noise…」と言って切ってしまいました。男性は一般的に人にものを尋ねるのが 嫌いで、また同時に二つのことができないそうです。特に道に迷ったときは。彼もその典型でした。でも、こういうとき私はどうすればいいのか知っていたので、私は隣で何も言わず、ただ彼の「狩り」を見守っていました。おしゃべりな私がじっと黙っているのは、なかなか苦痛でしたが…。

30分くらいうろうろした後、ようやくナビゲーションにある道に出ました。彼はラジオのスイッチを入れ、そしてにっこり笑い、私に話し始めたのです。「僕が黙ってたの怖かった?」と尋ねるので、「私はあなたが狩り(道を探す)をしている間は何もしゃべらない方がいいのを知っていたから、黙ってた」と言いました。ある本でその知識を得ていた私は、彼とけんかせずに済んだという訳です。

ちなみにお奨めのナビゲーションは「Yahoo Yellow Page」です。こちらの方がわかりやすいと思います。

さて美術館ですが、先ずは東洋部門から見ることにしました。ここは日本だけでなく中国、韓国、インドなどの仏像や絵画、陶器などが数多く展示されています。以前日本でこの美術館所蔵の東洋美術の特別展が開かれたことがあるそうです。私が心ひかれたのは、「円山応挙」の「二股に分かれた大根の絵」でした。小さな素朴な絵で、あの幽霊の絵や屏風絵を描いたことで有名な応挙の絵とは、とても思えませんでした。カナダ人のボーイフレンドにはちょっと理解できなかったみたいですが。仏像もなかなかの迫力でした。「ほら見て、顔が十一個もある!」とボーイフレンドは驚いてました。

あとは西洋美術や現代美術の部門を見て回ったのですが、この辺りから私は非常におなかがすいてきました。夕方の4時くらいだったと思います。一応全部見たな、とお互い確認してカフェへ行く事になりました。私は当然サンドウィッチくらいは食べれるんだと思っていたら、ボーイフレンドに「この後ディナーに行くんだから、コーヒーだけにしよう」と言われました。うぇ〜ん!お昼ご飯も食べてないのにぃ!いつもならブラックで飲むコーヒーに砂糖とミルクをたっぷり入れて、血糖値を上げる努力をしました。

そのあと美術館のショップへ行きました。そこでちょっと奇妙な、と言うか興味深い光景に出くわしました。どうやら日本人らしい親子。子供は10歳くらいの男の子です。この男の子は英語で母親にいろいろ話しかけるのですが、母親は一貫して日本語でした。しかも私のホームタウンの方言のある人でした。ところがこの二人、ちゃんと会話が成立しているのです。「Look at this. It's cool!」(これ見て、すごい!)と子供が言うと、「どれ、見せて」。男の子は手にしていたおもちゃを母親に手渡す。それからも会話は英語と日本語でした。こちらで育った日本人の子供は、こんな風になるそうです。会話は日本語より英語の方が楽で、しかし家庭では両親が日本語を話すので、言っている事は理解できる、という現象。言語について勉強している私にとっては、とても興味のある出来事でした。できればインタビューもしたかったのですが、そこまで図々しいことはできませんでした。

その後は美術館の隣にある植物園を散策しました。私のボーイフレンドは「松の木」と「もみの木」の区別がつきません。私達日本人は、「クリスマスに使うのがもみの木、お正月に使うのが松の木」と区別つきますが、針葉樹の多いカナダに暮らした彼は、どっちがどっちでもいいようです。しかもクリスマスツリーは松の木だと思ってたみたいです。あんなのクリスマスツリーに使ったら、飾り、飾りにくい…。でもスーパーでクリスマスツリー用に松の木を売っていたのを見たことがあります。区別しているのは、もしかしたら日本人だけなのかも。

ディナーの場所も、これまた迷いながら到着。やっとおなかいっぱいになり、満足のうちに帰路につきました。ボーイフレンドのこと気になりますか?じゃ、この話はまたの機会に。

 

#4. (2001年6月6日) ●アメリカ(オハイオ州)での運転免許取得方法

しばらくご無沙汰してました。私も書きたいことがいろいろあったのですが、今日は日記というより、情報を書きたいと思います。今回はアメリカでの車の免許の取り方についてお話します。実は「運転について」書くつもりだったのですが、長く なりすぎたので、運転に関してはまたの回、ということにします。

第1回目からこの日記をご覧のみなさんはご承知の通り、私は念願の車を手に入れました。日本では自分の車を持っていなかったので、あまり運転することがありませんでした。が、アメリカでは運転できないと生きていけません、というのは少し大げさですが、それくらいこの国では車は生活必需品です。日本ではいまでもなお車は贅沢品と言う感じがしますが、アメリカでは高校生でも車を持っています。

アメリカの免許、というより私の場合Ohio州の免許は3年前に取りました(アメリカは文字通り「United States of America」なので、州毎に交通法規も違う)。偶然(?)前に行っていた大学もOhio州にあったので、そのときに取った免許を今使っています。

免許の取得は日本に比べ非常に簡単で、しかも安上がり。この辺も車社会アメリカ、と言う感じがします。先ず筆記テストがあり、交通法規と標識についての知識を試されます。しかし日本の筆記テストの様に「ひっかけ問題」はなく、素直に答えれば合格します。これに合格したら、いきなり運転試験です。日本の車庫入れに当たる車両操作の試験と実際の道路を走る試験とがあります。車両操作の試験は二本のポールの間を通りぬけて、所定の位置で停車する、と言うもので、日本で狭いスペースに車庫入れしていた私にとっては、「朝飯前」でした。しかし、運転試験では「STOP」の標識で完全に止まらなかったので(実際の運転で完全に車が停車するまでブレーキを踏む人は少ないと思いますが、これはルール違反)、一度不合格になりました。

この運転試験をクリアすれば、後は免許交付を待つだけです。日本と同じですが写真を撮ります。写真を撮るときに「You may smile(笑ってもいいわよ)」と言われたので、ここぞとばかり笑顔を作りました。ですから私の運転免許の写真は「笑って」ます。その後、事故で脳死状態になった場合臓器を提供するか、と尋ねられます。「Yes」と答えると、免許の下の方に「臓器提供の意志あり」のマークが入ります。最後に免許交付料$9.75を払って終わりです。これは年齢、州毎に違います。確か18歳以下は普通より高かったと思います。日本のような運転教習所のようなところはあるにはあるようですが、通った人を聞いたことがありません。これはきっと土地の広さも関係すると思います。スーパーの駐車場は非常に広いので、車庫入れの技術も必要なく、車をいわゆる「バック」で車庫入れする人は少ないです。私も正面から駐車スペースに入れるのに最近慣れました。

この免許を取るときに、国際運転免許証を持っているか、と尋ねられました。私は期限の切れた国際免許証を見せました。すると、「これは期限が切れてるからだめ。日本の免許証持ってる?」という質問。私は当然、期限は切れているものの英語で書かれている国際免許証の方が彼らにとっては重要だろうと思っていたら、日本の免許の提示を求められたのです。それを見て「どれが生年月日?」ときくので、「これ」と指差しました。日本の免許をお持ちの方はご存知だと思いますが、日本の免許証の日付は西暦ではなく、年号で書かれています。彼らには昭和も平成もわからないと思うし、それが本当に本人の物なのか、名前すら確認できないものが、どうして有効なのかと思ったのですが(もちろん顔写真はありますが、彼らにアジア人の区別なんてつきません)何やら書き写していました。私の隣では韓国人らしき女性が、これまた韓国の免許を見せてました。アメリカってこの辺がよくわからん国です。それとも、彼らは特別に漢字の年号を勉強してるんでしょうか?

アメリカで運転免許を取得すると、その後日本で日本の免許に切り替えられるらしいですが、アメリカでの運転が日本で通用するとは思いませんので、その計画のある方は、十分に練習してから公道に出るようにしてください。その逆は、右側通行に慣れさえすれば、安全だと思います。私は、日本から送ってもらった交通安全のお守りを握り締めてから車を発進させるようにしています。

ところで、このコーナーは私の日記のはずなのに、何だか「アメリカの生活案内」みたいになってきましたねぇ。次 回からは日記らしくしたいと思います。でも今回のような情報が欲しい方も多いのではないでしょうか? (MIYACO注: とっても貴重な情報だと思いますよ!)

では今回はこの辺で。

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