EC オンライン留学

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2001年の5月から2003年の5月まで、丸々2年間、当時現役の留学生だったトシエさんが MIYACO に寄せて下さった日記です。当時から大分月日が経ちましたので、現在のアメリカ留学・生活事情にそぐわない箇所もありますが、当時の貴重な記録として、また、ひとつの読み物としてお楽しみ下さい。 【目次はこちらです】

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日本のラジオに電話出演

#30. (2001年10月13日)

今こちらの気候は寒くなったり暑くなったり雨が降ったりと安定しない天候が続いています。日本のように「衣替え」をしないのはそのためです。セーターがいる日があると思えば、次の日は T シャツ1枚で過ごせたり。日本のような四季があるからこそ、日本人独特の穏やかな気質(今はそうとも言えないですが)が生まれたのでしょうね。

さて、先日なんとラジオ番組に出演してしまいました。と言いましてもこちらのラジオではなく日本の、しかも関西地方だけで流れている番組です。

母や妹の話によりますと、番組の中で海外に住む人を募集してその人に電話をかけようという企画があり、母が「こんな娘がアメリカに居ります」とメールを出したらしいのです (実際には私の妹が文章を書き、送っています)。するとそれが採用され、私のラジオ出演が決まったというわけです。

そのコーナーでは私は2人目だったらしく(週に1人みたいです)、しかも私はほんの5分程度しゃべるだけかと思っていたのですが、途中 CM が入り、15分から20分くらいインタビューを受けたと思います。

私はこの番組を日本にいるときから毎朝聴いていて、この番組のパーソナリティとしゃべるのもすごく楽しみでした。先週の月曜日の夕方5時ごろに電話しますとのことで、その日はボーイフレンドにも「月曜日は絶対に電話してこんといてや」と念を押し、日本からの電話を待ちました。あんまりどきどきはしませんでしたがすごく楽しみに待ちました。

事前に番組から電話があり、「来週お電話しま~す」とのこと。そのときにも色々な話をして(30分以上)、事前インタビューがありました。まずスピーチパソロジストというのが珍しかったらしく、番組が飛びついたのでしょうねぇ。

本番でもこの話を一番に聞かれました。でもどうやらこのパーソナリティ、私が既にスピーチパソロジストとして働いてると勘違いしてるみたいでした。私の言い方も悪かったのかも。「…で、私は今その勉強をしています」と付け加えるべきでした。

当然(?) ボーイフレンドの話にもなり(あの人たちは、こういう話にうまく持ってきますよねぇ)、いろいろ尋ねられました。で、突然、私は知らなかったのですが、私の母も電話に出てきたのです。パーソナリティは「ぼくらしばらく黙ってますから、母子の会話を…」などと言われ、困ってしまいました。なぜならその日の朝、母から電話があったところだったのです。別にしょっちゅう電話で話してるし、メールもしてるし、取りたてて新しい話題もなく、「栗ご飯を作りました。ショーンもルームメイトのルビーちゃんもおいしいって食べてくれました」などと話すと、「いつもそんな感じで話してるんですか?」と言われたので、「やっぱりラジオですから、あんまり関西弁まるだしではと思いまして…」と弁解。

ラジオを聴いてくれていた数人の友人や親戚からメールをもらい(朝早い番組なのにありがたいことです)、「いつもとはなし方が違う」とか「もっとぼけてくれるかと思った」とか、そんな、初めてのラジオ出演で、しかも初めて話をする人にそんな、めったなことは言えませんよねぇ。

コーナーが終わり、担当の人に電話が切りかえられると、「楽しいお話でした。予定よりちょっと長引きましたが」とのこと。同時録音のテープも送ってくれるそうです。とても楽しく良い経験でした。テレビ出演があるときには、この日記でもお知らせします。でわまた。 【第31話へ】

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