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現役留学生としえさんの留学日記


米国オハイオ州ケントにあるケント州立大学で院生活を送る現役留学生のとしえさんが不定期日記を書いて下さることになりました。留学生のキャンパスライフやプライベートってどんなものなんだろう? という疑問のある方はこのサイトを頻繁に覗いてみて下さい。とっても楽しい文章です。

■日記スタートの月 = 5月分の日記はこちらです!
■免許、日本食、授業、炊飯、洗面所騒動、ヤキトリ・・・、6月分の日記はこちら!
■ディナーパーティー、ルームメイト、車・交通事情、ショッピング・・・、7月分の日記はこちら!
■美容院、オリエンテーション、免許更新、ナイヤガラの滝・・・、8月分の日記はこちら!
※感想・質問・励まし等、としえさんへのもお待ちしています。

#28. (2001年09月27日) ●アイスホッケー観戦(?)記

ありゃ、なんと9月はまだ一回しか書いてなかったんですねぇ。書くネタがないので はなく、ただ単に忙しかっただけです。やはり夏休みの様にはいきませんね。前回の 日記では「特に忙しかったわけでもなく」とありますが、来週からテストがあった り、ペーパーの締め切りや、グループプロジェクトがあったりで、ばたばたしてま す。前回が暗い話だったので、今回はちょっと明るい話をします。

と、その前に、今週に入ってオハイオ北東部は「冬」に突入しました。朝の気温は7 度くらい。でも今週末にはまた暖かくなるらしいですが、昨日この「冬」初めてマフ ラーを使ってしまいました。

さて、私のボーイフレンドはアイスホッケーをします。カナダ人は全員するんじゃな いでしょうかねぇ、アイスホッケー。会社の人たちの集まりのようですが、私の大学 のアイスアリーナを借りてプレーするのです。で、先週の金曜日から今シーズンが始 まりました。ルームメイトに話すと、「私アイスホッケー見たことないから、いっ しょに行ってもいい?」ということで、彼女も「観戦」することになりました。で、 やっぱりスポーツ観戦するなら、スナックや飲み物が必要だろう、ということにな り、ピクニックの用意が始まりました。なんだか彼がホッケーをする勇姿を見るよ り、お菓子を食べに行くような感じになってしまいました。

アリーナに着くと、ジュニアチームが練習をしているようで、見学者もちらほらいま した。しかし、彼らが帰ると、だ〜れもいなくなりました。私とルームメイトのみ。 ルームメイトが「ねぇ、ショーンどれ?」ときくのですが、ホッケーのマスクをかぶ ると、みんな同じに見えますねぇ。はっきり言って、彼が手を振るまで分かりません でした。あの一番痩せてて背の高い、7番やな、と見当をつけてから、二人のスナッ クタイムが始まりました。するめやおかきをぽりぽりやりながら、二人でしゃべって いると、どうやらボーイフレンドのチームが得点したようです。しかも様子からする と、彼が得点したようです。二人とも見てませんでした。はい。

そのあとも、何度かボーイフレンドが得点したようですが、ルームメイトとの話に夢 中になり、見てないのもありました。でも、しっかり応援もしましたよ。「ション チャン、ガンバッテ」とルームメイトも日本語で応援しました(この二人、最近会う と「ションチャン、ゲンキ?」「ゲンキゲンキィ」と日本語で挨拶します)。

ゲームが終わり、二人でボーイフレンドが出てくるのを待ちました。聞くと、5得点 もしたそうです。しかも、最初のが一番よかったらしく、見てなかったことをなんと かごまかしました。

アイスホッケーのシーズンが始まったり、マフラーしたり、ついこの間かたずけたと 思っていたジャケットを箱から出したりすると、冬の到来を感じます。あ〜長い冬が 始まります。では、また。

#27. (2001年09月15日) ●連続テロ事件について

こんにちは。ご無沙汰してます。

9月に入ってから、日記を一度も書いてないことに気付きました。特に忙しいわけで はなかったのですが、やらないといけないことがたくさんあると思うと、気ばかり 焦って落着いた日がありませんでした。

その矢先に先日のテロ事件。今日はこのことについて書きます。

その日は火曜日だったため、私とルームメイトは朝の8時から授業がありました。授 業は9:15に終わりました。私はその午後、学校内の学生会館にある郵便サービスをし ているところで切手を買いたかったので、行きました。そこは地下にカフェがあった り、ビリヤード台やコンピュータがあり、切手も売ってるちょっとこじゃれた場所で す。祖母の誕生日が近かったので、切手を買って、椅子に腰掛け、切手を封筒に貼っ ていると、何人かの人が大画面テレビに釘づけになっていました。私も興味本位で画 面を覗きました。するとそこには見覚えのあるビルから炎が吹き出ている画像が映し 出されていたのです。NYのワールドトレーディングセンターでした。私は最初その画 面を見たとき、「え?なんでこんな高いビルで火事出すの?誰が消すの?」ぐらいに 思っていました。テレビの音声があまりよく聞こえなかったので、テレビを後にし、 アパートに戻りました。

アパートに戻ると、すごく疲れていたのでテレビもつけずに1時間ほど昼寝(という より、まだ午前だったのですが)をすることにしました。午後の1時から私自身のク リニック(ライティングセッション、要するにクリニックに必要な文章の書き方の レッスン)があったのと、7時から授業があったので、11時ごろ起きてお昼ご飯を作 りました。そうだ、さっきの「火事」はどうなったのかな?とテレビをつけると、何 やらテロらしいと報道してるではないですか!しかも、飛行機がぶつかった?!私は なんのことやら理解できず、テレビを見てました。するとそのとき、日本の母から電 話があり、両方の情報を合わせてやっと事態が飲みこめました。テレビのテロップで は、近所の大学や学校が閉鎖になっているので、うちの学校はどうなるのだろう、と いう話になり、まだ学校から戻って来てなかったルームメイトの携帯電話に電話しま した。でも、通じません。するとまもなく彼女が戻って来て、「昼からの授業は全部 休講」とのこと。それから二人でテレビを見始めました。

しばらくして、二人で、もし避難勧告なんかが出たら、この格好じゃだめよね、夜は 寒いし、やっぱりシャワーを今のうちに浴びておいたほうがいいかな、身の回りの 物、お金とかパスポート、バッグに詰めておこう。ということになったのです。「こ れって、大げさだと思う?」という彼女の質問に、「そんなことないよ、何が起こる かわからへんもん」と答えました。彼女は台湾で大きな地震を、私も阪神淡路大震災 の体験者なので、これをオーバーリアクションだとは思いませんでした。

私がリュックに詰めたものは、お金、パスポート、めがね、コンタクトのケース、 2~3日分の着替え、ルームメイトとボーイフレンドからもらった小さめのぬいぐるみ2 つ(?)、ボーフレンドと写した写真、それと、ルームメイトと二人で使うためのト イレットペーパー2ロール…。そして、お互いシャワーを浴びた後は、一日中テレビ を見てました。幾度も繰り返される悲惨な映像、リポーターの悲痛な報道、泣き叫ぶ 人々、ブッシュ大統領の声明…。どれも日常からは程遠いもので、何度も涙をこらえ ながらこの現実を受け止めていました。

私の町はオハイオ州のケントという町で、車で30分ほど行くとグッドイヤーで有名な アクロンがあり、1時間ほどでクリーブランドに行けるところです。どちらの町にも 空港があり、その日はすぐに閉鎖されました。墜落事故があったペンシルバニア州は すぐ隣の州で、墜落事故のあった町は、ピッツバーグ近郊ということですので、これ また車で1~2時間で行ける場所です。ですから「他の町の出来事」ではなく、あの飛 行機があと10数分長く飛んでいたら、と思うと恐ろしいです。方角的に、私たちの町 へ飛んで来ていても、おかしくはありません。

今こうして平和に、そして愛する人や家族に出会うことができることを非常に感謝し ます。昨日献血に行ってきたのですが、後で連絡をもらってから、必要な血液だけ提 供する、という形をとってました。テレビでも、不足しているのはRh−のO型だと放 送していました。今のところ献血はしてないのですが、何かの形で応援をしたい気持 ちでいっぱいです。日本では、もうあまり報道はしてないと思いますが、アメリカ国 内はまだまだ毎日このニュース一色です。行方不明者もまだ多数います。見つかった 「遺体」はDNA鑑定により特定するそうです。

皆さんも、この事件を他国の事件だけとは捕らえず、どうかテロや平和や国の秩序と いったものに対して関心を持ってください。国内は今もなお「半旗」が悲しげに翻っ ています。